やつはしブログ

なりたい人間になるための雑記

無条件で人を受け入れるということ

おばあちゃんに会いに行ってきました

特に用事もなかったのですが、おばあちゃんの家に遊びに行きました。

おばあちゃんは御歳九十五さい、ひとりぐらし。長生きです。

そんなおうちに、いわゆるご機嫌伺いに行ってきました。

初孫かつ女の子の私は、昔からおばあちゃんに溺愛されていました。

 

今回、おばあちゃんにとあるお願いをしたのですが、断られてしまいました。

そして「人にものを頼むときは、まず自分が与えなさい」

と、ごもっともなお叱りを受ける始末…

そんなこともありつつ、楽しくご馳走を食べて、一緒に志村動物園を見ながらおしゃべりして、たのしくお泊まりし、帰りました。

 

帰り際に違和感に気付く

帰り際、「思ってたご機嫌伺いと違ったな」と感じている自分に気がつきました。

そこで気持ちを掘り下げると、

自分はおばあちゃんに「何もしなくても愛してもらえる」を期待していたんだと気づきました。

おねがいを断られたのは仕方ないにせよ、おしゃべり中も

予定調和的におばあちゃんにあわせて相槌をうち、なんというか、色々と気を使っていた気がしたのです。

 

いつも気兼ねなく会って話していたのに、気を使うようになったのは、なぜなんだろうか。

いつまでも「かわいい孫娘」として甘やかしてほしい、という下心を持って、気を使うようになったのは、いつからなんだろうか。

……こんなに優しくてたくましくて、自分の顔にそっくりな大切な肉親から「優しさ」という感情をぶん取ろうとしてしまっていた。

 

軽く自己嫌悪になりました

他人をコントロールしようとすること

何かを与えてもらおうとすること

その人の富を横取りするような、非常に卑しい行為です。

 

それを肉親にしていた自分に、ショックを受けました。

解決策はひとつ。

自分を満たし、相手に与えられるようになること。

そうしないと、無意識に周りの人間から奪い、一時的に手に入れた気になっては幻だと気づき、また他人のものを欲しがる…という悪循環、自分の周りがどんどん痩せこけていく。

 

まとまりがない文章になってしまいましたが、かなり気づきの多い

もとい、傷つきの多いごきげんうかがいでした。

 

おばあちゃんが生きてる間に、自分で自分を満たせるようになって、

なにもしてくれなくても、そこにいるだけのおばあちゃんを大切にできるような、

真っ当な人間になりたいです。