やつはしブログ

なりたい人間になるための雑記

考えることをやめかけている君へ

考えないと、人は何かの奴隷になる

何も考えず、仕事に追われて、家ではネットサーフィンして。

たまに友達とお酒飲んで、遊んで、ちょっと悩んで忘れて。

そうやって何も考えなくても小銭は稼げるし、生きていけるけど、

 

そうなっていると、社会とか他人とか、自分以外のものの奴隷となって振り回され続ける気がする。

自分の行動なのに、自分自身で選択した芯がなくなっていくんです。

 

考え続ける意味

芯なんてなくたっていい!誰にも迷惑かけてないじゃないか!というのも一理ある。

 でもね、私が気にしているのは、

大切な人が窮地に陥った時、芯がない人の言動では、その人を救えないということ。

普段何も考えない人間が、他人を励まそうとして

付け焼き刃のやり方でその人の心の中に入っていっても、全然響かない。

 

普段の何気ない行動も、自分で考え続けて選択し続けているものならば

ここぞというとき、ふとした瞬間に出る言動は

他人に影響を与えます。絶対に。

普段の言動こそ、その人の価値観を如実に、確実に、

相手に明け渡してしまいます。

 

価値観のブレについて

と、考えよう考えようと言っている私ですが、

「その価値観が定まっていなかったら、考えていても行動に芯がないし、意味ない…」

と、今でも思ってしまいます。 思っています。

 

でも、よく言うけど「旅は過程が大事」

根底で大事にしているものは、少なくとも同じ文化圏に住んでる人だったら

みんな同じようなものだし、揺れてる、ぶれてるといっても

ある日いきなり善から悪へ、完全に別のものになり変わってしまうことはない。

それに、過程の中でその旅の意味が形成されて行くように、

行動の中で自分の価値観は決まっていくと思います。

 

というか、価値観なんて、正解もないし

絶対に守り続けられるポリシーもないし。

特に若いうちはうつろいゆくものだ、と思っているので、

芯がぶれぶれでも気にしない。ないより、マシ。

 

とりあえず一日一善から始めます

そうはいっても、考えることを忘れたまま時間は過ぎていきます。

ということで、

「自分を大事にするには?」

について、できる限り毎日考える時間を設けること。

ここから始めていきたいと思います。

(一日一善については、一日一善タグの記事をみてくださいね)

 

実践しないと意味がないので、また実践の中で気づいたことを書いていきます。

 

余談

暗殺教室の中で、殺せんせーのセリフで好きなものがあって

ピンチの時にもちゃんとわが身を守ってくれる。私が彼らに授けるのはそういう武器です

テストを間近に控えた生徒たちを思いながら、殺せんせーが言った一言です。

そんな武器、欲しいなあ。どうやったら手に入れられるんだろうなあ、って

読んだ時からずっと考えてしまいます。